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二人だけの世界


 当事、お昼のドラマをやりたくて考えた記憶がありますが、詳細は忘却の彼方。本当に書きたかったものとは大分掛け離れたものになったというのは覚えてるんですが、その書きたかったものって何だっけ、と。痴呆症かな。
 何にせよ、僕のようなへっぽこが手を出して良いテーマでは無かったと。当事もそうですが、今でもそう思いますデス。コメントでも御指摘頂いたように、過程不足と描写のエグさが不足、不足、不足。足りなぁぁい。
 ただ、霊夢が魔理沙をSATSUGAIするシーンは書かなくてもよかったと思ったり。あまりしつこくやると、テーマから脱線しそうだったから。殺人鬼から逃げる獲物の心境とか、そんなの書いたら、僕の技量じゃ絶対脱線する。
 それと、アリスが色々と脆過ぎるのも、振り返ってみると残念な感じ。僕の中の彼女の理想像は、もっとこう、芯が強いんだよ。……それを圧し折る霊夢が見たいとか、ナイショダヨ
 愛憎劇でも恐怖でも恋愛でもバトルでも、心理描写とその変化の過程は、抜かしちゃ駄目だろ絶対、と教えてくれた作品でした。
 これの反動で、次からは明るい話を、と思ったのに……。





◆注意書き◆
非常に後味の悪い結末になっています。
私と同じ波長の方や、バッドエンドに耐性のある方以外は御注意を。

作品集40「友達一人、できるかな」の続編に当たりますが、これ一本でも読めるように書いたつもりです。
前作の終わり方で満足された方で、やはりバッドエンドがお嫌いな方は注意してください。








気が付けば目で追っていた。

優しい微笑み。

怒った表情。

私が我侭を言っても、「仕方ないわね」と助けてくれる、その優しさ。

どうして素直になれないんだろう。

こんなにも好きなのに。

顔を合わせては心と裏腹な言葉で傷つけて、喧嘩してしまう。

つい意地悪をしてしまう。

好きで好きで堪らないのに、ごめん。

女同士でこの感情はきっと変だ。

けれど、私は好きなんだ。

私は、どうしようもなく恋している。

アリス……。




季節はもうすぐ夏になる。

今年は冬も長引かず、紅い霧も出そうに無いし、快適に過ごせそうだ。

「霊夢、霊夢―。今日は宴会してもいいよねっ」

陽射しは暑いくらいだが、吹き抜ける風がそれを相殺し、非常に過ごし易い。

「霊夢ってばー。宴会、宴会―」

こんな、天気の良い日は意味も無く眠気がやって来ると言うものだ。

そうだ、掃除が終わったら昼寝しよう。

きっと気持ち良く眠れる。

「もー、無視するなー!」

こう、そよ風を肴に、縁側でだらだらと快眠を……。

「鬼神!ミッシングパープル…!」

「五月蝿い」

騒がしい鬼っ娘に腕組み中段前蹴り。

通称ヤ○ザキック。

「ぎゃん」

「げるぐぐ。宴会宴会って……先週やったばかりでしょう。宴会ばっかりやってると頭が呆けるわよ、萃香」

「へへーんだ、私は常に酔っている~」

「…威張るな」

まったく、暇さえあれば宴会、宴会と言う萃香にも困ったものだ。

宴会自体は嫌いじゃない。

が、その後始末は全部私がやらなければならないのだ。

散らかされる方の身にもなって欲しいものである。

それに、今夜は先約がある。

「また今度ね。ちゃんと付き合ってあげるから今日は我慢なさい」

「う~…解ったよぅ」

しょげる萃香の頭を軽く撫でて、私は掃除を再開する。

……今から夜が待ち遠しい。


「お待たせ、アリス」

「五分遅刻よー?」

アリスが腕を組んで、上昇してきた私を睨む。

「ごめん!萃香の奴がさっきまで宴会宴会って粘ってて」

私は素直に謝った。

昼間言い聞かせたのに、また騒ぎ出した萃香にヤキを入れていたら遅くなってしまったのだ。

萃香め!

「仕方ない奴ねぇ……。今度思いっきり遊んであげたら?」

「やーよ、私をアル中にする気?」

満月をバックに、私達は夜空の上で笑いあう。

今夜は夜空の散歩の日。

月が満月期に入ると、私達はこうして夜の散歩に出掛ける。

二人きりで密かに遊んでいる感覚。

誰も居ない夜空を二人で飛ぶのは、とても気分がいい。

特に何かをするでもなく、日々の出来事や趣味、世間話と言った雑談に花を咲かせるだけの行為。

それが、私達にとって最高の時間だった。

(私は、アリスと二人で居られればいつだって最高なんだけどね)

月を見ながらそんなことを考えていると、不意に、右手に拘束感。

「えへへ…」

照れ笑いをしつつ、アリスが私の手を握っていた。

「もう……」

そっと呟いて、彼女の手を握りなおす。

離れないように、離さないように。

彼女の方を見ると、その顔は照れで真っ赤だ。

「な、何を赤くなってるのよ……」

その表情があまりにも可愛らしかったので、思わず声が上擦ってしまう。

「べ、べべべ別にぃ?そ、それに、霊夢の方こそ赤いわよっ!?」

「え、ウソ?」

慌てて顔を押さえる。

確かに顔が熱い。

「う…………」

「…………」

駄目だ、まともに見ていられない。

お互いに顔を伏せてしまう。

それでも、手は離さない。

「行こっか…?」

「うん……」

身体が熱い。

けれどその熱は気持ちの良い熱。

夜の冷気がこの熱を冷ましてくれるだろうか。

暫く飛んでいれば、冷めてくれるかも知れない。

それは良いことなのか。

この熱が冷めないことは駄目だと感じる自分が居て。

けれど心の奥底では、もっと熱くなって、見も心も燃え上がってしまえばいいと思う自分が確実に存在する。

燃え上がってしまって、その先に何があるのか?

それは解らない。

解らないけれど、それは酷く魅力的なことだと私は思う。

例えるなら、決して手を出してはならない禁断の果実のような、そんなイメージ。

この想いが何なのか、私にはまだ解らない。

否、解らないフリをしている。

理解してはいけない、すればもう戻れなくなるかも知れないから。

その時、彼女が私を受け入れてくれるのか。

解らない。

考えたくない。

最悪の結末。

それはどんなものよりも怖い。

恐ろしい。

絶望で、恐怖で、真っ暗闇で、奈落で。

(いいじゃない…!今が幸せなら、それで)

そうだ、先へ進まなければ、この恐怖は襲ってこない。

今のままでいい。

私達は今のままでいい。

私はアリスの手を握る力を強めた。

それに反応して、彼女も力を強くしてくれた。

「ね、霊夢」

「何?」

「今日ね、慧音に「私達のことが羨ましい」って褒められたのよ」

「へぇ、何で?」

「「お前達は本当に仲が良いな、親友と言う奴だな。羨ましい」って。私達、親友なのかしら?」

慧音の口調を器用に真似て彼女の台詞を言った後、嬉しそうにアリスは微笑む。

嬉しいのは私も同じだ。

親友。

そう、私とアリスは親友なんだ。

「親友かどうかなんて、別にどうでもいいわよ」

「え…」

「そんな言葉で現さなくたって、私達は今こうしてるでしょ」

繋いだ手を、見せ付けるように挙げて、私は彼女に笑いかけた。

「私とあんたはこうして一緒に居る。それでいいじゃない。けど、どうしても言葉か何かで現したいなら…私とあんたは、大親友ね」

「う、うん!そうよね、そうよね!」

「あんた、さっき一瞬泣きそうになったでしょー?」

「んなっ?そんなワケないでしょ!」

「へぇ~?」

「このっ……」

私達は大声で笑い転げた。

手を繋いだままぐるぐると回り、無重力の感覚を大いに楽しんだ。

私は今、とってもとっても幸せ。

離すもんか。

絶対に。

あの孤独はもう嫌だ。

ずっと一緒に居ようね、アリス。

私だけのアリス。



それから二日後の夜。

私とアリスはいつものように夜空の散歩に出掛けていた。

今夜は散歩の後、アリスの家に泊まる予定だった。

そのこともあってか、私はいつもより興奮していた。

一晩中彼女と過ごせるのだ、嬉しくてしょうがない。

荷物は昼間の内に、彼女の家に運んでおいたので、後は散歩が終わり次第直行するだけだ。

「ふふふ……」

笑いが込み上げてくる。

今日は昼間からずっとこの調子だ。

馬鹿みたいににやにやしながら過ごしていたのだ。

(誰かに見られてたらまずいかなぁ…ま、別にいいんだけど……うふふ)

「霊夢、さっきから何ニヤついてるのよ?」

「え?ああ、うん。何でもないわよ」

「ふぅん?」

「アリスこそ顔がゆるいわよ?」

「へ?」

どうやら私と同じ状態のようだ。

「な、なぁんでもないわよ?やぁねぇ、霊夢ったら!おほほほ」

「これはこれは失礼いたしましたわアリスさん。ウフフフフ」

……ひとしきり笑いあった後。

「今日はどの辺りに行こうか?」

「そうね…じゃあ、紅魔館の方でも行ってみる?湖面に移る月が綺麗よ」

「それいいわね。疲れたら時計塔で休めるしね」

「それって不法侵入じゃ…」

「いつも勝手に神社に上がり込む奴の家に、勝手に入ることぐらい何でも無いわよ」

「いいのかなぁ」

散歩のコースを決めて、私達はいつものように手を繋ぐ。

「うふふ…」

「へへ…」

何度やっても、手を繋ぐ瞬間の、このときめきは変わらない。

ぎゅっと、小さな拘束感。

彼女の手を握る度に、私は何度も何度も、そのか細い身体をかき抱きたくなる衝動に駆られた。

(それは駄目……そんなことをしたら、嫌われてしまうかも知れないじゃない)

彼女を抱き締めたくなる、こんな想いはきっと私だけだ。

この感情は、そう、きっと変だ。

ずっと孤独で居たから……その反動だと理性が結論付ける。

……それが偽りだと本能が知っていたとしても。

「どうしたの、急に黙って」

「ん、何でもない…」

「そう?」

「それよりホラ、行きましょ?」

彼女の手を引いて、私は飛んだ。

この胸の内を悟られちゃいけない。

そう、いけない筈……。

私は燻る感情と欲求を押し殺して飛び続けた。

幸いにも夜の冷気がそれを助けてくれる……。



「うわぁ……」

私達は、湖面に映る月の美しさに目を見張った。

やはり、いつ見てもこの光景は美しい。

空に浮かぶ月と、湖面に映る月。

二つの月の美しさは筆舌に尽くし難い。

「いつ見ても、ここはいい眺めよね」

「ええ…」

彼女の言う通り、ここの景色は素晴らしかった。

紅魔館の紅も夜にはあまり気にならないので、紅魔館を含めたここ一帯の夜の景色はとても美しい。

その美しさに見惚れていた私の肩に、不意に重みを感じる。

…アリスが、私に身を寄せてきている!!

繋いだ手を解き、私の腕を取って組み、身体を預けてきているのだ!!

驚愕の余り、声を上げそうになるのを辛うじて堪えた。

心臓が飛び出しそうになるくらい、私の鼓動は高鳴り、早くなる。

顔があっという間に赤くなっていくのが解った。

「少し…寒くない?」

顔を少しだけ持ち上げて、上目遣いで見上げてくるアリス。

「そ、そうね……」

上擦った声で私は返事をするが、ほとんど生返事だ。

彼女の愛らしさにすべての感覚を奪われて、外気など、とてもではないが知覚出来ない。

そして放たれる、必殺の一撃。

「霊夢、暖かいね」

「――――っ!?」

意識が一瞬飛びそうになった。

慌てて理性を引き戻す…間一髪。

空いている方の腕が、彼女の頭を撫でようと持ち上がり掛けていた。

ワザとか?

ワザとなのかアリス!?

理性が焼き切れそうだ。

どこまで可愛いのか!

私が欲望と理性の狭間で苦悶している事など露知らず、アリスは気持ち良さそうに目を閉じている。

(耐えろ…早まっては駄目よ、私……!!)

持ち上げた腕を慌てて戻し、拳を握って欲望に耐える。

私は紅魔館の時計塔を睨みつける作業に集中して、気を紛らわすことに努めた……。

◆ ◆

今日もアリスと喧嘩してしまった。

今日は天気が良かったから、外で一緒にお昼を食べようと思って、誘うつもりだったのに。

どうして素直になれないんだろう。

嫌われて無いかな……。

不安ばかりが胸を締め付ける。

………駄目だ。

昼間の失敗は忘れよう。

次があるさ。

次こそは、仲良くしよう。

そしていつか、私の気持ちを伝えるんだ。

好きだって。

だから今は気分を切り替えよう。

図書館に行って、魔道書を借りて来よう。

私は図書館を目指して箒を飛ばす。

森を抜けて湖が見えれば、目当ての紅魔館はもうすぐだ。

私は遠目で館の状況を観察しようとした。

すると、視界の隅に人影を捉えた。

目に映える、鮮やかな紅白の衣装。

そして、私の胸を焦がす、薄い青のドレス。

「アリス…?」

アリスと、霊夢の姿を私は見た。

肩を寄せ合い、親密そうに話している二人の姿を。

胸が、ズキンと痛んだ。

◆ ◆

暖かい。

布越しでも解る、霊夢の体温。

抱き締めた霊夢の腕。

鼻腔に感じる霊夢の匂い。

彼女の息遣いを感じる。

彼女の鼓動を感じる。

こんな風に甘えて、嫌がらないだろうか。

不安に駆られて霊夢の顔を見上げたら、彼女は頬を赤くしてそっぽを向いてしまった。

それを見て初めて、私は自分が物凄く大胆な行為をしていることに気が付いた。

(どうしよう!?私、すっごい大胆なことしてるよ……)

つい自然に甘えてしまった。

少し肌寒いからと、身を寄せて……。

身体を離そうかなとも思ったが、止めておいた。

……こんなチャンス、またと無い。

思う様甘えよう、そう決めた。

私の、この想いは多分叶わないから。

女の子が、女の子を好きだなんて……。

それは絶対に叶わないことだから……。

ならば、せめて。

叶わない夢を見よう。

夢だから、夢ならば。

今、この瞬間を……。

(好きよ、霊夢……誰よりも貴女が大好き……)

それは友達としての好きじゃない。

一人の女性として、愛している。

(変だよね、私…でも、でも……貴女が大好きなの、霊夢)

この瞬間が終わらなければいい。

時間が止まってしまえば、ずっとこうしていられる。

霊夢と一緒に、いつまでも……。

……けれど、それは叶わない。

風を切る音と、霊夢の動きが私にそれを思い知らせる。

冷たい現実が私を引き戻す。

ああ、何て。

何て忌々しい。

何時でも何処ででも、私の邪魔をする……!

霧雨 魔理沙!!!

            ◆◆

欲望と理性の勝負は、無効試合と言う形で幕を下ろした。

二人だけの世界に入り込んできた、不意の来訪者の為だ。

魔理沙。

「やあ霊夢、それにアリス」

「こんばんは魔理沙」

折角二人きりだったのを邪魔されたので、内心、気分が悪いが、それは表に出さず私は挨拶を返す。

別に彼女に悪気があるわけではない。

横を見ると、アリスはムスっとした顔で魔理沙を睨んでいる。

(また昼間に喧嘩でもしたのね)

多分、それであっている筈だ。

しかし、この状況でも私の腕を離さないアリス。

(人前だと言うのに大胆ね、この娘も……)

いや、やっぱり恥ずかしくないと思っている私も大胆と言えば大胆なのかも知れないが。

「何の用よ?こんな夜更けにぶんぶんぶんぶん飛び回って。子供は寝る時間よ?」

アリスの、棘のある言葉。

魔理沙はと言うと。

「私はこれから本を借りに行く途中だぜ。誰かさんみたいに遊んでるんじゃなく、魔法の実験に忙しいのさ」

言葉は割と普通なのだが、その口調、その表情がアリスを嘲笑しているかのようだ。

事実、アリスは激しく反応する。

「何が借りに行くよ、どうせ盗みに入るつもりでしょうが。魔法よりも泥棒の方が得意なんでしょ?いっそ職変えしたら?きっと似合うわよ」

「ああ?お前こそ、人形ばっかセコセコセコセコこさえやがって。どこぞの大陸の人形工場で、安い賃金貰って働けよ、お似合いだぜ?この根暗陰湿人形遣い」

……………。

「何ですって?このド田舎泥棒猫!あんたなんか一生泥棒してキノコ食ってりゃいいのよ、コソ泥キノコマニア!」

「ああ?やるのか?フィギュア萌族!」

………………!

「上等じゃない……その減らず口、二度と叩けないようにしてやるわ」

「その言葉、そっくりお前に返してやるぜ」

「覚悟しなさ……」

ブチ。

「だぁーっ!!五月蝿い!ど喧しい!!」

「きゃ?」

「おおぅ?」

「あんた達、喧嘩なら他所でやってくれない?喧しいのよ!」

私は二人を怒鳴りつけた。

両の拳を振り上げて怒りの度合いを表現しようとしたが、片方はアリスがひしと抱き締めていた為に上げれず、片方だけ拳を振り上げて怒鳴った。

……ぶっちゃけ、全然怖く無い。

アリスをべったりと引っ付かせたまま、私は二人に説教をする。

……アリスよ、何故離れないのか。

「あんた達、顔を合わせればいつもいつも喧嘩ばかりして!周りの迷惑を考えなさいよ!」

「いや、霊夢には関係無いだろうに……」

魔理沙が文句を言ってくるが、無論取り合う気は無い。

「う…ごめん……」

反対に、アリスはシュンとうなだれてしまう。

「~っ」

くっついたままで、そんな顔しないでよ……。

怒気が急速に引いてしまう。

「と、とにかく!喧嘩するならどこか別の場所でやりなさい、いいわね?」

「「はーい……」」

まったく……この二人は何故こうも仲が悪いのか。

(まぁ、仲が悪いことに関しては、私には関係無い)

そう、関係無い。

「ごめんね、霊夢…つまんないことで煩わせて」

アリスが心底申し訳無さそうに謝ってくる。

シュンとした表情と、すがる様な瞳、キュっと締めてくる腕。

「あー……」

私は頭をくしゃくしゃと掻いて、そんな彼女を見る。

いちいち仕草の可愛い奴……!

「次から控えてくれればいいから、ね?そんな顔しないで……」

出来るだけ小さな声で囁いて、彼女の頭を撫でてやる。

「霊夢……」

何度か撫でていると、アリスは安心したように微笑んだ。

「それじゃあ、もう帰ろうか?」

そろそろ夜も更けてきた。

私が帰宅を提案すると、アリスもそれに同意する。

「そうね、帰ろっか」

組んでいた腕を離し、私達は再び手を繋ぐ。

私達は紅魔館に背を向けると、元来た方向へと引き返すことにする。

と。

私達とは別の、風を切る音がついて来た。

「?魔理沙…何の用?」

振り返ると、魔理沙が居た。

私達が向き直ると、魔理沙は酷く慌てた様子だった。

「どうしたの?図書館に行くんじゃなかったの」

「え?ああ、いや、そうなんだけどな……」

「じゃあ、何よ」

アリスがジト目で魔理沙を見る。

ついて来ないでとその目が語っている。

「あ、あのさ。これから図書館に行くわけなんだが……その、手伝ってくれたりなんかは」

「嫌」

アリスが即答する。

「何で私達があんたの泥棒行為に手を貸さなくちゃいけないのよ。冗談じゃないわ」

「あ、ああ……」

「私もお断りね。まあ気を付けて行ってらっしゃいな」

私も魔理沙に付き合うつもりは無い。

これ以上二人の時間を邪魔されるのが嫌だった。

「じゃあね、魔理沙」

小さな苛立ち。

幾分かの拒絶の意を込めて、冷たく言い放ち私は背を向けた。

「じゃ」

アリスはそんな私を倣うかのようにして首だけ彼女に向けてそう言った。

私達は彼女に別れを告げてその場を立ち去った。

「…またな」

いつもの元気が無い、小さな声で魔理沙の挨拶が聞こえて来たが、私はすぐにそれを忘れてしまった。

私の中には、既にアリスとこれからどう過ごそうかと言う楽しい考えしか無かった。


友達ではない魔理沙のことなど、どうでもいい。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

○月×日(晴れ)

今日はアリスと、アリスの家で人形を作った。

とても楽しかったけれど、途中で魔理沙がやってきて、それから三人で遊んだ。

また喧嘩を始めたのでしかたなく仲裁した。

楽しくない。


○月×日(曇り)

今日はうちで宴会だった。

私はアリスと隅でお酒を飲みながら霖之助さんの店の商品について話した。

揃いのデザインのグラスがあったので、今度二人で買いに行こうと思う。

約束をしたところで、魔理沙がやってきてお酒を勧めてきた。

紫にでも飲ませればいいのに。


○月×日(晴れ)

幽香の住処の近くにある花畑に、アリスと二人で出掛けた。

アリスの作ってくれたお弁当はとても美味しかった。

花も綺麗で、天気も良かったので、だらだらと話をしているだけで楽しかった。

誰にも会わなかったので今日は楽しかった。

アリス以外とは誰にも会わなくていいと思う。


○月×日(晴れ)

アリスと夜空の散歩。

今日は暑かったので、高度を上げて涼しい場所に行った。

途中、アリスが汗を拭う仕草を見た。

白いうなじに綺麗な金髪が張り付いているのを見てドキリとした。

私は変だ。

涼んでいると魔理沙に出会った。

ふらふらと飛んでいると、ずっとついてくる。

鬱陶しかったので帰ることにした。


○月×日(雨)

今日はアリスの家に泊まる日。

アリスとチェスで勝負する……負けないわよ。

夜になって雨が降り出した。

凄い土砂降りで、集中力を奪われたら負けちゃった、悔しい。

眠くなった時に、突然魔理沙がやって来て、「泊めてくれないか」と言ってきた。

帰りなさいよ。


○月×日(曇り)

今日はアリスと里で買い物の約束。

彼女の家に迎えに行ったら、魔理沙がいた。

キノコ狩りに誘っているらしい。

私の約束の方が先だ。

ごねる魔理沙が鬱陶しいので弾幕勝負でやっつけた。

ああ、気分が悪い。


○月×日(晴れ)

うちでアリスとお茶を飲んでいると、魔理沙がやって来てアリスをどこかに連れていってしまった。

その後アリスはすぐに怒って帰ってきた。

永遠亭に泥棒に入るつもりだったらしい。

何で一人で行かないんだろう?

どうしてアリスを連れて行くの?

あんたはアリスの友達じゃないのに。

アリスに構わないでよ。


○月×日(曇り)

私がアリスの家へ行くと、魔理沙がアリスをどこかに連れて行こうと誘っていた。

アリスとは私が遊ぶんだ。

あんたは邪魔だ。

魔理沙はいらない。

賽銭泥棒の件で理由をつけて、弾幕勝負で追い払ってやった。

いい気味だ。

アリスは渡さない。

そう、誰にも渡すもんか。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


昼下がりの神社。

私がいつもの様に掃除をしていると、上空に気配を感じた。

アリスかなとも思ったが、それは気配に対しての反応で、気配の正体にすぐに気が付いた時は落胆した。

魔理沙だ。

「お、霊夢だけ…か」

「いらっしゃい」

魔理沙の声に落胆の色が混じるのを見逃さない。

やはりアリスが目当てか。

最近、魔理沙は私とアリスの前に度々現れる。

いや、私ではなく、アリスの前に。

まるで私とアリスを二人にしないように。

邪魔しているかのように。

それが気に入らない。

気に喰わない。

あんたはアリスの何なの?

アリスの友達は私だけだ。

あんたは他人だ。

私にとってもそうだ。

その他人が。

私達にとっての異物が。

私だけのアリスに何の用なんだ。

「アリスならいないわよ」

意地悪くそう告げた。

どうせアリス目当てなのだろう?

私は悪意を込めて言ってやった。

「そ、そうみたいだな」

魔理沙の表情に明らかな失意の色が浮かぶ。

もう確実だろう。

魔理沙はアリスに何かしらの用があるのだ。

だから事あるごとに現れるんだ。

ならば……。

(癪だけど、それを解決してやればもう魔理沙は現れない)

いい考えだと思う。

私は自分の思い付きに感謝した。

「折角来たんだし、お茶でもどう?」

表面上、私と魔理沙は仲が悪いわけじゃない。

多分、嫌なのは私だけだ。

「ん、そうだな……お邪魔するぜ」

私は魔理沙を迎え入れる……。


座敷に招き入れて、良く冷えた麦茶を用意する。

季節はもう夏になる。

そろそろ七夕や盆の祭りと言った行事で忙しくなるな、と麦茶を用意する時にふと思う。

(アリスに浴衣を着せてあげよう)

そんな思いが私を自然と笑わせる。

(可愛いのを用意してあげよう。きっと、アリスの浴衣姿……可愛いわ)

彼女の為に良いものを用意しよう。

そう決めた。

私がお茶を持って来ると、魔理沙は座敷をしきりに見回していた。

私とアリスの思い出の品々が飾ってある。

(そんなにあの娘が気になるの?)

魔理沙の視線が、私とアリスの写っている写真の数々を捉えて行く。

……その感覚に堪えられない。

「お茶」

何かを断つように、私は語気荒く自分の帰還を知らせた。

「お?おお、サンキュー」

麦茶の入ったグラスを手渡す。

「……」

「……」

同時に麦茶を啜る。

「あのさ……」

魔理沙が何かを決意したような顔で口を開いた。

「お前、最近…アリスの奴と仲が良いじゃないか?」

「…ええ」

友達だから当然でしょう。

「いいよな……私とアイツは喧嘩ばかりしてさ……」

「そうね、あんたたち、仲、最悪だし」

私の声は冷ややかだ。

けれど、それに魔理沙が気付くことは多分、無い。

だって、いつも私が他の人に話す時と同じ声だから。

「なあ霊夢……」

「何?」

「頼みがある」

魔理沙が私をじっと見つめてくる。

「今度、アリスと話がしたいんだ……。どうすればいい」

「話?」

…………コイツは何を言っているんだ?

「大事な、話なんだ……頼むよ、中々上手く行かなくてさ……」

「……」

どうして私がそんなことをしなくちゃならないのか。

私は魔理沙がどう言うつもりでこんなことを言うのか、それを探るように彼女を見つめた。

恥ずかしいことなのか、魔理沙はそっぽを向いている。

失礼な奴……そう思いながら、彼女の視線の先を目で追う。

忙しなく動く彼女の視線。

その先にあるものは。

私と、アリスの写真。

いくつもの写真立てに飾った、数々の写真だ。

魔理沙の視線は、その数枚の写真を泳いでいる。

そして気が付いた。

魔理沙は、写真に写っている、アリスを見ている。

視線にはアリス。

会話の内容もアリスに関すること。

(そう言えば、こいつ……しょっちゅう私達の邪魔をするけど……)

すべて、アリスに会う為か?

そして、魔理沙の表情。

うっすらと赤みがかった頬。

落ち着かない態度。

(まさか、ね)

ある予測が浮かび上がる。

そしてそれは多分、正しい。

「あんた、あの娘と仲良くしたいの?」

「っ!」

明らかに動揺する魔理沙。

図星のようだ。

「べ、別に私はっ」

慌てて弁解を始めるが、もう遅い。

そうか、仲良くしたいのか。

つまり、アリスに対して好意があると。

「うっ…」

「どうしたの、魔理沙」

「い、今…何か寒気がしたような…気のせい、か?」

「さぁ…」

…………気に喰わない。


それから一時間くらいして、魔理沙は去っていった。

……あの後。

私は色々と探りを入れて、魔理沙はどうやらアリスに対してかなりの好意を持っていると言うことを突き止めた。

そして、それが一々気に喰わない。

魔理沙が、アリスに対して好意を持っていると言うことを知る度に、苛立ちはその度合いを増して行く。

気に入らない。

気に喰わない。

不愉快だ。

何故か?

アリスのことを思うならば、理由はこうだ。

彼女は私と今の関係になるまで友達が一人もいなかったそうだ。

私と似た価値観で世界を見て、ずっと孤独に生きてきたと言う。

それが、彼女は教えてくれないが私が彼女に何かをしたと言うことで変わったらしい。

これが、今の私達の関係を作る根底にある理由の一つらしい。

そのことを考慮した場合、何故「今更」彼女との関係を求めるのか。

何故、ずっと彼女を一人にしていた。

それが許せない。

あつかましいにも程があるだろう……。

そして、私個人の理由。

これが解らない。

ただ、私以外の誰かが、アリスと親しくする……それが気に入らない。

気に喰わないのだ。

アリスは、彼女は……。

別れ際。

私は魔理沙にこう言った。

「忠告するわ……よく、自分の気持ちを考え直して。確認して。揺るがないかどうか。少しでも、揺るいと感じたなら……忘れなさい」

「…………ありがとな」

魔理沙はそれだけ言うと、空へと去って行った。

何故、忠告だなどと言ったのだろうか。

解らない。

解らないが……確かなことは一つ。


気に喰わない。




それから数ヶ月、季節は夏に入った。

私の苛立ちは日増しに強くなっていた。

今までの鬱陶しさに加えて、この釈然としない苛立ち。

魔理沙がアリスの近くに居る、ただそれだけで。

私の中で何かが音を立てて切れて行く。

苛立ちは炎に変わり、私の心は烈火の如く燃え盛った。

暗く、冷たい炎。

アリスに近寄るな。

アリスに話し掛けるな。

アリスから、離れろ。

苛立ちはいつしか憎悪に近い情念へとその姿を変えていた。

アリスに近寄る魔理沙が憎い。

魔理沙がアリスに近付く度に私は憎悪の想念で気が狂いそうな感覚を味わった。

魔理沙は侵略者だ。

私の世界に土足で踏み入る無礼で傲慢で許し難い存在だ。

何故こんな気持ちになるかなど、最早どうでもよかった。

私は正体の解らない苛立ちと憎しみを抱えて日々を過ごしていた。

魔理沙がアリスをどう思おうと関係無い。

アリスに近寄るな!

話し掛けるな!

気分が悪い。

気に入らない。

許せない。

アリスは……。

彼女は、私だけの彼女なんだ。

…………誰にも渡すものか。

           ◆◆

開け放した窓から爽やかな風が入ってくる。

湿度が高いこの魔法の森で、この風は貴重だ。

たまにあるかないかのその風に、人形達も喜んでいるように見える。

窓際まで引っ張って来た椅子に腰掛けて、読みかけの本に目を落とす。

図書館から借りてきた、外の世界の本。

推理小説と言うジャンルの読み物だ。

殺人犯があの手この手でセコい知恵を使って逃げ回り、結局最後は捕まるというのがオチの、結果が解り切っているつまらない本だ。

いちいちそんなセコいことを考えるなら、魔法でも覚えて使うほうがよっぽど楽でしょうに。

魔法は、万能では無いけれど、この本に出てくる犯人の、「困った状況」ぐらいは何とでもなるものだ。

特に面白くも無い本ではあるが、結果以外に目を向ければそこそこ読める本ではあるので、今私は暇潰しに読んでいる。

何を楽しんでいるのかって?

知らない単語や知らない文化、極稀に描かれている挿絵など。

特に、知らない文化について書かれているのには大いに楽しませて貰っている。

外の世界の事柄については、専門の本の方が詳しいことは詳しい。

が、そう言ったガチガチの説明文を読むより、色々な角度、この本で言うなら斜めの視点で書かれている文章の方が退屈しのぎにはもってこいと言うものなのだ。

物事を別の面から見ると言うのは何事に置いても重要である。

魔法使いなどをやっていれば尚のこと。

ページを捲り、熱い紅茶を淹れたカップに手を掛けた時だ。

窓の外を黒い影が横切った。

見覚えのあるシルエット。

そして間髪入れずに私を呼ぶ声。

魔理沙だ。

「開いてるからどうぞ」

私がそう言って本を閉じるとすぐに、魔理沙が遠慮も無く私が居る部屋へとやって来た。

「よう、アリス」

「あんたも大概暇よね。他に行くとこ無いの?無いなら家で魔法の研究でもしてなさいよ

「そうは言うがなアリス。大概暇なのだよ、はっはっは」

「で、何しに来たのよ」

「お前と話がてら、お茶と菓子を食べに」

「図々しい奴ね」

「そう言いながらも用意してくれるお前に感謝だぜ」

元々良く顔を合わせる仲だったが、近頃はその頻度が多くなってきているのは気のせいだろうか?

「はい、どうぞ」

「サンキュー」

以前は会う度に喧嘩して、正直会いたくない相手だったけれど、今はそう思わない。

「今日はさ、こんなでかいキノコを見つけたんだぜ」

得意げに話す魔理沙。

普通に、こうして彼女と話していると、楽しくなってくる。

そんな時、私はもしかしたら、と思うのだ。

二人目の、友達になれるかもしれない。

もしもそうなら。

(友達、増えたら……きっと楽しいよね)

それはとても魅力的なことだと思う。

なれたなら、いいな。

友達が増えたらきっと楽しいだろう。

私はそんなことを考えて、ついつい笑ってしまうのだった。




その日はやけに暑かった。

日が昇る前から蝉がけたたましく鳴き、うだるような暑さが世界を支配する。

風も吹かず、カラっとした天気。

空は雲一つ無い快晴で、容赦無く照り付ける陽射しを妨げる物は存在しない。

「暑―」

こうも暑いと、掃除もロクに進まない。

心頭滅却~なんて言葉があるそうだが、そんなものは嘘っぱちだ。

暑いものは暑い。

オマケに……。

「駄目だ、考え事をすればまた」

苛々してくる。

思考はあのことで常に埋まり、他の事を考えることが非常に困難だった。

まったく、何もかもが忌々しい。

全部あいつのせいだ。

あいつがアリスに近付きさえしなければ、こんな思いをしなくて済むのに。

「……あーっ!もう!」

ムシャクシャする。

私は箒を物置小屋に放り込むと空へと飛び上がった。

「掃除は涼しくなってからでいいや。どっかで気分転換しよう」

掃除に手が付かないし、かと言って他にすることも無い。

進まない作業に時間をかけるのは無駄なことだと思う。

私は進まない掃除に早々に見切りを付け、気分転換にその辺をブラブラすることにした。


「……その筈だったんだけど」

気が付けば、私は魔法の森に来ていた。

足が自然とアリスの家に向かっている。

「他に行くとこ無いのか私……」

…………熟考三秒。

「無かった。だめじゃん」

しょうも無い結論が出たところで、私は素直にアリスの家へ向かうことにした。

アリスの顔を見れば、苛々した気持ちも治まるだろう。

そんなムシのいいことを考えて、私は彼女の家へ向かった。

そうだ、これから遊びに誘ってみようかな。

川か湖で遊ぶのが涼しくていいかも知れない。

そうだ、そうしよう。

私は少し浮かれた気分で足を速めた。

◆ ◆

いつものように人形作りに没頭していると、家の扉をノックする音で現実に引き戻された。

「おーいアリス、いるか?」

魔理沙の声だ。

どこか熱っぽい感じがするのは気のせいだろうか。

いつもとは少し違う声音。

「開いてるわよ、どうぞ」

気にしても仕方が無い、私はそう思って彼女が入ってくるのを待った。

が、来ない。

「…?魔理沙?」

気になったので覗いて見ると、魔理沙はまだ外に居るようだった。

「何なのかしら…」

外に出ると、妙に落ち着かない素振りで顔を赤くしている魔理沙が居た。

「何?本なら貸さないよ」

挨拶代わりのつもりで釘を刺す。

最近は突っ掛かって来ることも少なくなって、割と普通に接しているけれど油断は出来ない。

「あ、あのさ……アリス……」

魔理沙が私の顔を見る。

その顔は赤くて、どこか、切なそうで恥ずかしそうだった。

「何?」

妙だ。

急に改まったりして……。

(何か企んでる?)

私は警戒することにした。

「えっと、さ…コレ、読んでくれないか……?」

そう言って、彼女は私に封筒を差し出して来た。

「大事な…話が書いてある。マジな話なんだ、そ、その、後でちゃんと読んで欲しい」

「はぁ?話があるなら今言えばいいじゃない」

「い、今は……!今は、その……駄目……」

「何でよ」

「は…」

「は?」

「恥ずか…しいから」

…………。

「大丈夫?永琳呼ぼうか?」

「な!?マジって言ったろ!?本当にマジで真剣でガチなんだぞっ!」

「同じ意味の単語並べるな、見苦しい。解ったわよ、後でちゃんと読んだげる」

「あ、ああ!頼むよ……」

何を書いたんだか。

こんなにも、「らしくない」程恥ずかしがって、いっぱいいっぱいな感じで。

ちょっと可愛いと思う。

根は悪く無い奴だし、一緒に居て楽しい奴だから嫌いじゃない。

霊夢と二人きりで居る時に現れるデリカシーの無さが駄目だけど。

(元気がいいのは結構だけど、好きな人と一緒に居る時ぐらいは大人しくしててよね…)

最近は喧嘩することも少ない。

落ち着いて話していればそれなりにいい奴だと思う。

(二人目…なれるかな)

そんなことを今日もちょっぴりと思ったり。

「解ったわよ、約束する。それで、どうする?お茶でも飲む?」

折角来たのにそのまま帰すのも悪いと思ったので誘ってみた。

「いや、いいぜ」

「あら、そう」

意外ね。

……まあ、いいか。

「じゃあ、また」

片手を挙げて挨拶すると、私は家に戻ろうとした。

「ま、待って!」

「ん?」

魔理沙が慌てて呼び止めてきた。

「何よ」

振り返ると、赤かった魔理沙の顔が更に真っ赤だった。

「……どうしたの?」

ちょっと心配になってくる。

「て、手紙を読む、前に……お、お願いが、あるんだ……!」

「はぁ?何よ…聞くだけなら聞いてあげるわよ。叶えてあげるかどうかは別として」

さて、何を言うのやら。

魔理沙は暫く指をもぞもぞと動かしたり俯いたりしていたが、やがて意を決したらしい。

深く息を吸い込んで、真摯な瞳で私を見つめてきた。

「アリス……」

「何?」

囁くように魔理沙が言う。

「ちょっとだけ……お前を、抱き締めさせてくれないか」

「……へ?」

魔理沙の顔が一気に真っ赤になって、湯気まで出そうになった。

抱き締めたい?

それは、えーとつまり、アレよね。

「た、頼む……」

消え入りそうな声で魔理沙が呟いた。

女の子同士で抱きつかれることはよくある。

特別な意味での抱擁はまだ、一回しか無いけど…。

それ以外ならば割と多い。

魔理沙にしたって、何度か抱きつかれた覚えはあるし……永夜異変の時とか。

(改めて言えば、そりゃ照れるわよね)

そう納得して、私は魔理沙に「いいよ」小さくと言った。

そういった瞬間、私は、がばっと、勢い良く抱き寄せられた。

突然だったので慌てたけれど、すぐに落ち着いた。

ときめく相手ではない…少し照れるけど。

魔理沙の腕が腰に回されるのを感じる。

私の胸に埋まった魔理沙の顔は真っ赤だったので、敢えて見ないようにしてあげた。

この行為にどんな意味があるのか疑問だったけど、元々魔理沙はよく解らない奴だし、私は気にしないことにした。

どれくらいそうしていただろうか。

不意に、ごろごろと言う音が聞こえて来た。

空を見ると、遠くの方で黒い雨雲が見えた。

そして、何か鈍い音。

相当、大きな雷雨になりそうだ。

その音がきっかけになったのか、魔理沙が私から離れる。

「あ、あああありがとうな。そ、それじゃ失礼するわ…だぜ」

そう言うや否や、魔理沙は私が別れの言葉を言う間も無く箒に跨って空の彼方へと消えて行ってしまった。

「何なのよ、アイツ……」

身体には、魔理沙の体温とキノコの匂い。

「今夜は嵐、かしらね」

もう一度空を見上げ、私は呟いた。

黒い雲はまだ大分遠いが、夕方には降り出すだろうと思う。

嵐は、恐らく夜になって本格的になるだろう。

今夜、霊夢には会えないかな…仕方ない、よね。

         ◆◆

「おー、こりゃ一雨、いや、嵐か」

日も沈みかけ、夜の帳が落ちる博麗神社。

発達した黒雲はいよいよ空を埋め尽くさんとしている。

伊吹 萃香は神社の母家の軒先で、霊夢の帰りを待ちながら空を見上げていた。

随分と足の遅い雲だ。

もしかしたら自然の物ではなく妖怪の仕業かも知れない。

もしそだとしても、どちらにしろ自分には関係が無さそうだ。

「今日は霊夢のご飯を食べるのだ。昨日は紫、その前は亡霊の家だったからね。今夜のおかずは何かな~」

ついでに泊まってしまおう。

そう、萃香は考える。

「霊夢、まだかなぁ」

……どれくらいそうしていただろうか。

神社の上空に生じた気配に、萃香は顔を上げた。

「お、帰ってきた帰ってきた。霊夢~」

霊夢は音も無く境内に降り立った。

「今夜、晩御飯食べさせてよー、いいでしょ?でしょ?」

母家の扉を開ける霊夢に、萃香は無邪気に話しかける。

だが、霊夢の正面に回った萃香は瞬間、その表情を険しくする。

「霊夢、何かあった?顔、怖いよ」

「……ちょっと、ね。異変が起きたの」

「異変?」

萃香は首を傾げた。

自分が知る限り、今日の幻想郷は平和そのものだった。

「これから大きくなりそうでね。その前に潰すのよ」

「そ、そうなの?」

霊夢は萃香の方を一度も見ずに、家の奥でお札や針を用意し始めた。

「悪いけど、今日は御馳走出来ないから。紫の家にでも行きなさい」

「え-……。ちぇ、わかったよー。気を付けてね、霊夢が負けるわけ無いけど」

名残惜しそうに萃香は霊夢に言った。

「ありがと。萃香」

「ん…じゃあね」

「ええ、また」

萃香が身体を徐々に消して行くと、霊夢が突然振り向いて呟くように言った。

「萃香」

「あん?」

「また事件を起こしちゃ駄目よ」

それだけ言うと、霊夢は暗くなりかけた空へと消えて行った。

「…………」

霊夢の何気ない一言。

だが。

その言葉を聞いた萃香は何故か。

青ざめた顔で暫くその場を動くことが出来なかった。

「何があった…?霊夢……!!」

その言葉を飲み込んだまま、雨がその小さな身体を打つまで。




風は荒れ狂い、雨は刺さるように叩き付けられ、雷は猛るように鳴り響く。

けれど、中々寝付けないのはそれが邪魔をしているからじゃない。

彼女は手紙を読んでくれただろうか。

「とても大事な話があるから明日、私の家に来てくれ。伝えたい気持ちがある」

それだけの内容だったけれど、それでもこの胸の内を告白してしまったかのような気持ち。

鼓動は高鳴り、思考は熱い。

彼女のことを想うと、胸が苦しくて、切なくなる。

今日は寝れないかもな……そんな気がする。

何度目かの寝返りを打つ。

相変わらず外は土砂降りで、風が吹きつけ、空は光って唸っていた。

五月蝿いな…そう、思った時だった。

…音が、消えた。

「…………ッ!?」

世界から、音そのものが消えてしまったかのような消失感。

いや、音を伝播する空気が消えたかのような。

次いで襲ってくる強烈な怖気と寒気。

瞬時に膨れ上がる緊張感と、押し潰されそうな圧迫感。

「なっ…………」

何なんだ?

何なんだいったい!?

この感覚は……。

そう、以前、一度だけ経験したことがある。

狂気そのものが孕む、殺意と寸分違わぬもの。

それを現す言葉を私は知らない。

故に、狂気と呼ぼう。

そう、これは、狂気だ。

(まさか……あいつ?)

抜け出したのか!?

いや、待て、落ち着け……。

(この雨の中、あいつが来られるわけ無い……その筈だ)

「……ぁ」

では。

ではこの狂気の正体は?

誰?

――――――コン、コン…。

「――――っ!」

扉をノックする音。

その音、音が伝わる間隔。

ごく普通に、ノックする、その感覚。

音が消えた世界で、唯一聞こえたその音。

誰だ?

誰だ誰だ誰だ!

「だ……」

私が、精一杯の勇気を絞って誰かと問う前に、返答が返ってきた。

「私よ、霊夢……」

「……へ?」

れ、いむ?

「霊夢、なのか?本当に……」

「そうよ、私よ。早く…開けてくれないかなぁ」

霊夢だ。

私が良く知ってる、あいつの声だ。

昔からの友達だ。

彼女の声を聞いて、私は自分が落ち着いていくのが解った。

依然として張り詰めるこの空気は益々酷くなっているのに、私は安堵を覚えた。

霊夢と一緒なら、大丈夫だ。

霊夢と二人でならどんな相手だって負けやしない。

私達は長年の相棒同士だ。

仲のいい友達だ。

勝手知ったる仲間だ。

何より霊夢は、博麗の巫女だ。

何も恐れる心配は無い。

「待ってろ。今、開けるよ……」

私は躊躇い無く錠を外した。

目に映ったのは、鮮やかな紅白。

否。

血の色の、紅。

「こんばんは、魔理沙。今、忙しい?」

霊夢が笑った。

それはとても嬉しそうで、愉しそうで。

◆ ◆

外は酷い嵐だ。

雷もゴロゴロと鳴り響き、叩き付ける風雨の勢いは益々強くなる。

空は真っ暗で、外に出ようものなら近所であっても迷子になってしまいそうだった。

しかも時間は深夜。

外は一面、漆黒の闇だ。

「まったく、酷過ぎるでしょ、コレ……」

人形達をしまっておく棚が、カタカタと揺れている。

家自体はヤワに出来ていないし、魔法で強化してあるので心配無いのだが、やはり一人でこの夜を過ごすのは怖い。

昔なら怖くも無かっただろう。

けれど、私は知ってしまった。

見つけてしまった。

暖かいあの人を。

優しい温もりを。

ずっと一緒に居たいって思う人を。

そう、永遠に。

彼女無しでは、もう生きていけないと思う。

そう、彼女は私にとって何よりも大切で、大事で、大好きな人……。

「寒いでしょう?今、暖めてあげるね」

その人が、今私の目の前に居る。

手を伸ばせば届く位置に。

「どこに行ってたのよ、こんな嵐の中で」

「うん……ちょっと、ね。やらなくちゃいけないことがあって」

「ふぅん……賽銭ドロをしばいてたとか?」

「うん。泥棒をね。退治してたのよ」

「お賽銭、入ってたんだ?」

「もっともっと大事なものよ。盗もうとしたから退治したの」

「そうなんだ…ご苦労様、霊夢」

「ありがとう、アリス。好きよ」

「え…」

嵐は益々酷くなりそうだ。

夜明けは、まだ遠い……。




朝日が眩しい。

カーテンの隙間を抜けた陽射しが、私を夢の世界から現実へと引き戻す。

外を見れば青い空が広がっていて、気持ち良さそうな風が吹いているのが解った。

昨夜の激しい嵐が、まるで嘘だったかのようだ。

まるで、今の私の心を表しているかのよう。

綺麗な空で、実に清々しい朝。

ベッドから這い出て、手早くいつもの服を身に付けて行く。

そうしている間に、思わず顔がにやけてしまう。

「アリス……暖かかったな……」

私の手に、身体に、心に、彼女の温もりが残っている。

アリスの身体、アリスの唇、アリスの想い。

私達は昨夜、お互いの想いを確かめ合った。

私は気付いてしまったから。

アリスを好きなことに。

アリスを愛していたことに。

彼女は私のたった一人の友達で、唯一人の愛する人。

私だけの友達で、私だけの恋人。

拒絶される恐怖はあった。

けれど、この想いを伝えられない方がもっと怖かったから。

それに、彼女を守らないといけないって思い知ったから。

アリスが、私のことを好きだと、ずっと愛していたと言ってくれた時、私は嬉しさのあまり泣き出してしまった。

そんな私を、アリスはどこまでも優しく愛してくれた。

優しい口付け。

蕩けるような甘さ。

私達はどこまでも貪欲に互いを貪り合った。

かつての孤独を埋め尽くすかのように。

溶けて、融けて、一つに。

「きゃ…!」

思い出して私は身動ぎした。

これ以上思い出せばまともな思考が出来なくなりそうだ。

顔を両手で押さえて蹲る。

熱い。

きっと顔は真っ赤だ。

胸はドキドキする。

(ああ、アリス……)

私は、空っぽのベッドを振り向いて見る。

今朝は早くから出かける用事があるとのことだった。

何なんだろう?

何かと尋ねたら、「野暮用よ」と言っていた。

すぐに帰るからと言っていたので、私は彼女の為に腕によりをかけて朝食を作ろうと思う。

エプロンを借りて身に付け、食材と調理器具を取り出して、私は早速料理に取り掛かろうとした時。

玄関の扉が激しい勢いで開かれた。

「?」

振り返るとそこには。

顔面蒼白の萃香が居た。

「はぁはぁ…や、やっぱ、ここ、だったか、霊夢……」

「?どうしたのよ、そんなに慌てて」

珍しく息が荒い。

そんなに酷く慌てることがあったのだろうか。

まるで飛ぶことも忘れて、ここまで全速力で駆けてきたかのような。

「大変だ…!大変、なんだよっ……!」

「大丈夫?水飲む?」

「そんなことより!来てくれ……大変、なんだよっ……」

「何が大変なのよ」

萃香が私を見つめる。

その瞳には動揺と、悲しみ。

「魔理沙が」

「魔理沙?」

「魔理沙が、死んだ」

          ◆◆

「細かい裂傷や火傷、肩先から吹っ飛んで炭化してる腕、等等……外傷はかなりあるけれど」

魔法の森の一角。

焼け野原となったその場所に小さな人だかりがある。

その中心で、八意 永琳は淡々と呟くように見たままを告げる。

「直接の死因は、吹き飛ばされた腹部損壊によるショック死。至近距離で強烈な衝撃、いえ…爆発かしら。何かしらのインパクトを受けて破壊されたものだと思うわ」

ざわめく一同、それを意に介さず永琳は続ける。

「こんなになるまでやるなんてね。相手はサディストの外道か、彼女に尋常ならざる恨みを抱いていたかのどちらかね……。魂魄破壊用の呪の痕跡があるわ。かわいそうに……転生も成仏も出来ないまま消されてしまうなんてね」

気の弱い者ならたちまち失神するであろう、見るも無残な少女の遺体。

右腕は肩の付け根から無くなり、肩口は高熱で焙られたのか炭化して黒くなり、肉の焦げた嫌な臭いを放つ。

左手は指先が炭化して無くなり、両足はあらぬ方向に曲がり、腹部は大穴が開いていた。

顔だけが、傷こそあれど満足に残っていたのは奇跡と言えよう。

だが、綺麗なままのその顔が、無残な身体と合わさって、見る者により一層の深い衝撃を与えるのだ。

大地を赤黒く染める、染み込んだ大量の血液と、朝露に混じり、草に付着した血液とが、惨状をより惨いものへと見せる。

永琳はそれを、酷く冷めた視線で見下ろしていた。

彼女にとって、それは見慣れた光景であるから。

(かわいそうな魔理沙。でも)

永琳は魔理沙の遺体から目を外し、戦場跡に設置された仮設テントに向かう。

(今は死んでしまった者よりも、生きている者を助けないと)

テントの中には彼女の弟子である鈴仙が、一人の少女を介抱していた。

「どう、具合は」

「鎮静剤が効いてます……暫くは目を覚まさないかと」

「そう…となると後は」

永琳が振り返る。

「貴女の仕事ね、恋人さん」

「アリスは!?」

息を切らして愛する少女の名前を呼ぶ巫女がいた。

「萃香から聞いたのね。大丈夫、今は眠ってるだけだから」

「アリス?アリス!」

「落ち着いて。今起こしたらそれこそ彼女が苦しむわ」

霊夢の、いつに無く取り乱す姿を見て内心驚きながら、永琳はなだめる様に言った。

「今は鎮静剤で眠ってるだけだから。外傷とか、ダメージを負ってるわけでは無いわ。気絶しただけだから」

「いったい…」

アリスの手を握りながら、霊夢は振り向かずに尋ねた。

「いったい、何があったの?アリスに何が」

「……どうやらその娘と貴女は恋仲なのね」

「茶化さないでよ。何があったの?何がアリスをこんな目に……!」

「…っ」

霊夢から氷のような殺気が揺らめくのを感じた。

「……落ち着いて。大事な人がこんな目に合わされて動揺するなと言う方が無理でしょうけれど落ち着きなさい。今知ってることを話すから。外へ出て」

外は依然、野次馬でざわついていたので、永琳は霊夢を伴ってテントの裏へとやってきた。

「まずは確認。魔理沙が殺されたと言うのは聞いてるわね」

「ええ」

「長い付き合いの友達を亡くして……。しかも、あんな惨い殺されかたで。何て言ったらいいのか……御悔やみ申し上げるわ」

俯き、暗い声で永琳が言う。

「気遣ってくれてありがと。それで、本題は何?」

霊夢の受け答えはあっさりとしていた。

さして興味も無いかのような。

永琳は彼女のそんな様子を訝しく思ったが、ともかく先を続けることにした。

「恐らく襲われたのは昨日の夜。嵐の最中ね。周囲の状況や、遺体の破損具合から、戦闘があったと見て間違いないわ。弾幕ごっこじゃない、殺し合いのね」

永琳は一度言葉を切ると、睨むように霊夢を見た。

「今の幻想郷では、余程切迫した状況でも無い限り、勝負は弾幕勝負でつけることになってる。貴女が決めたことよね?」

「そうね、その通り」

「では何故、魔理沙はこんなことになったのかしら。魔理沙と犯人の間で何か争いがあったのなら弾幕で決着をつける筈。それがこんなことになるとは」

「何が言いたいのかしら」

「魔理沙を殺した犯人は、弾幕勝負で決着をつけることに満足しないほど恨みを抱いていたのか。もしくはここのルールを知らない新しい「何か」がやって来て、不幸にもその犠牲になってしまったのか」

永琳の視線が鋭くなる。

「もしも後者ならば、新しいそれは非常に好戦的で危険な存在ね。これは」

一歩、永琳が霊夢に詰め寄る。

「これは……異変と呼べないかしら?巫女」

殺された魔理沙は、弾幕ごっことは言えかなりの場数を踏んでいる。

殺し合いの真剣勝負であったとしても、そこいらの妖怪に倒されるほど弱くない。

その魔理沙が一夜のうちに殺されてしまったのである。

魔理沙ならばたとえ勝てずとも逃げ出せるくらいは出来た筈だと思う。

(そうでなくては負けたこちらの感情が納得出来ないもの)

…永琳の役目は、主である輝夜を守ることだ。

脅威となる存在はどんな手を使ってでも排除する必要がある。

「久し振りの仕事。頑張って欲しいわね」

巫女に「仕事」をして貰い解決して貰うのも手段の一つだ。

どんな形にしろ輝夜を守れればそれでいいのである。

今回の事件は異変と呼んでもおかしくあるまい。

危険な存在が幻想郷に現れて兇刃を振るうのならば、巫女がそれに対処せねばならないのは幻想郷の必定である。

永琳はそのことを解っているので、霊夢に話したのだ。

「さっさと危険物を処理しろ」と。

言えばすぐか、その内行動するだろう、そう永琳は考えていた。

故に、次の霊夢の発言が信じられなかった。

「仕事?そんなのもう終わってるわよ」

「……は?」

「だから仕事は終わってるの。異変なんか無いわ」

まるで昨日の天気でも話すかのような、終わったことに対する感想を言うだけのような。

「ふざけないで。今、異変が起きてるのよ?魔理沙は死んで、今、皆が警戒していると言うのに!」

永琳が声を大きくして霊夢に詰め寄った。

「アリスが倒れて、魔理沙が死んでしまったのがショックなのは解るけど!しっかりしてよ、貴女、巫女でしょう!?」

「…別にふざけてなんかいないわ」

霊夢の声は淡々としていた。

いや、むしろ、それは。

酷く冷淡な声に聞こえたのは果たして永琳の気のせいなのだろうか。

「異変はね、もう終わったの。ちゃんと元凶はこの手でしっかり退治したんだから……。もう異変は無いの。安心してね?」

霊夢の口元に笑みが浮かぶ。

亀裂のような。

「もう、退治した?」

「ええ、退治したわ……この手で、しっかりとね。もう二度と悪さ出来ないように。ふふふ……あはははははははははははははは」

「…………!?」

頭を抑えて、堪え切れないと言った様子で笑い出した霊夢の姿に、永琳は得体の知れない怖気を感じるのを否めなかった。

「ちゃんとトドメを刺してやったわ!スッキリしたわよ、もう最高の気分!仕事の後って気持ちいいって言うけれど、確かにそうね、本当、気持ちがいいわ。うふふふふふふふ」

笑い声は次第に大きくなり哄笑へと変わっていく。

「まぁ、収穫もあったし?これで許してあげるわ!って言っても、もう消えちゃったけどね!あははは。これでも感謝しているんだから。やっと自分の気持ちに気付けた、素直になれた。ホント、感謝してるわ。くくくく……あっははははははははははははは」

「……!」

天を仰ぎ、霊夢は笑い続けた。

その哄笑は歓喜と、狂気。

されど、その狂気に気付いた者は誰も居なかった。

無理も無い。

それは、どこまでも無色で、透明な、純粋過ぎる喜悦だから。

誰にも彼女を理解する事など不可能だった。




ばらばらだった意識が形を成し、私は眠りの世界から自分が目覚めることを知覚する。

瞼を開くと、ぼやけた視界に映る見慣れた天井。

私の部屋だ。

ぼやけた意識が、記憶が、急速にしっかりとしてくる。

「う、うあああああ……?」

意識の影にある光景がフラッシュバックする。

「あああ」

浮かぶ光景。

それは。

赤。

一面に広がる赤。

生臭く、鉄の臭いがする。

全身が一気に鉛のように重くなり、巨大で、絶対零度の氷柱が脳天から私を串刺しにする。

冷や汗がぶわっと噴き出し、息はヒッヒッと小刻みに荒くなって、まともな呼吸が出来ない。

赤。

赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。

焼け焦げた肉の臭い。

黒い腕。

血。

思考は真紅に染まり、世界は私を飲み込んで、自我に歪みが出来上がる感覚。

瞳は何かを凝視しているようにカッと見開かれてるのが痛みで解る。

けれど、その瞳は何も映してはいない。

見えるのは、視界を埋め尽くさんばかりのおびただしい血の跡と。

跡と。

その先は、駄目だ。

考えたくない。

思い出したくない。

やめて!思い出したくない!考えたくない!

私の中の無意識が、自衛の為にその記憶を思い出すことを拒む。

けれど。

拒んでも、それは私の意識を侵略し、その記憶を生々しく鮮明に浮かばせる。

胸の鼓動は恐ろしく速く、今にも止まってしまうか、破裂してしまいそうで。

血の海。

その中心にあるもの。

(イヤ!思い出したくない!怖い!嫌い!イヤ!いやぁ!!)

自分が知る、身近な人の。

魔理沙の……。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

私は叫んだ。

喉から血が出そうなくらいに、必死で。

叫ぶことで何かから逃げるように。

何から?

それは。

それは……!

「うあああああああああああああああああああああっ!!怖い!嫌!助けてっ……」

怖いよ、怖いよ、思い出したくないよ。

助けて。

助けて、霊夢。

「霊夢!助けて!!霊夢―ッ!!!」

思考を、記憶を、認識を、五感のすべてがアレを私に思い出させる。

焼きついてしまったあの光景。

無残に命を奪われた、あの少女。

私が、友達になれるかなと思った、あの少女。

魔理沙。

何で?

何で貴女が死ななきゃいけないの?

どうして?

どうしてどうしてどうして!?

昨日まで、あんなに元気だったのに!

いつもみたいに笑ってて、「明日会おうぜ」って!!

どうして?

どうしてなのよ!?

嫌!

嫌だ、こんなの嫌!

恐怖と、悲しみが胸を押し潰す。

友達になれたかもしれない人の死。

悲しい。

そして、怖い。

誰か助けて、霊夢助けて。

霊夢、霊夢、霊夢、霊夢!

私には、霊夢しかいない。

霊夢、助けて……!!

私は叫んだ。

もう貴女しかいないの。

助けて。

怖い。

一人で居たくない。

「れいむぅ…どこぉ……?怖いよぅ……」

今も、私の頭に、心に、あの惨状が焼き付いて、何度も何度も映されて。

恐怖と悲しみ。

耐えられない!

私、私!

「霊夢!!」

精一杯の声で、彼女を呼んだ。

傍に居て!

一緒に居て……。

私は泣いた。

泣き叫んだ。

恥も外聞も知るもんか。

霊夢、霊夢、霊夢。

この嫌な世界から私を救ってくれるのは、霊夢しか居ない。

「うう…ぐすっ……れい、む……」

霊夢、霊夢……。

「聞こえてるわよ、まったくもう」

声は横から聞こえてきた。

「ふえ…?」

もぞもぞと、私が跳ね除けた布団が動く。

「どうもー、アリスの霊夢ですよー、お待ちどうさま」

布団を押し退けて、目をこすり欠伸をしながら、霊夢が現れた。

「あんたを看てたら眠くなっちゃってねー、ぐっすり寝入ってたら大声で呼ばれてビックリしたわよ……どうしたの?アリス……」

いつもの顔で。

いつもの声で。

いつもの優しさで。

霊夢……霊夢!

「うわぁぁぁん!霊夢、霊夢―っ!!」

「ちょ、きゃあっ」

私は霊夢に抱きついた。

ぎゅっと、力一杯抱き締めた。

「……心配しなくても、ずっと一緒に居てあげるわよ」

霊夢はそう言うと、私の頭をそっと撫でてくれた。

「よく解らないけれど、一緒に居てあげるからね。大丈夫よ、アリス」

霊夢の腕が、私をぎゅっと抱き締める。

私は霊夢の胸に顔を埋めて泣いた。

(霊夢、暖かいよ……)

彼女の腕は優しくて、気持ちがいい。

霊夢の胸の感触を楽しんでいると、次第に落ち着いてきた。

「落ち着いた?」

霊夢が微笑んで、私の頭を何度も撫でてくれる。

無言で頷くと、霊夢が私をぎゅっと抱き寄せた。

「子供みたいに甘えちゃって!残念ながら、私はおっぱい出ないわよ?」

「ちょ…!」

自分で、顔が一気に赤くなるのが解った。

「ば、馬鹿にしてぇっ!」

「あははは」

カラカラと霊夢が笑う。

そこで、彼女が私を元気付けようとしてくれたことに気が付いた。

霊夢の優しさに、また胸が熱くなる。

「ありがとう……」

「ん?」

「霊夢…ありがとう」

「何のことかしらね」

ずっとこうしていたい。

こうしていれば、もう怖くない。

「ともかく、私はずっと居るから」

霊夢が優しく言ってくれる。

「怖いことなんか何も無いわ。私がアリスを守ってあげるから」

私を守ってくれる。

その言葉が、私に染み渡っていく。

「ほんと…?守ってくれる?一緒に居てくれる?」

何を馬鹿なこと言っているんだ、私は。

そんなこと、聞くまでも無いじゃないか。

問う私の唇に、霊夢の唇が重なる。

私は貪るように夢中で舌を絡ませた。

湿った音が部屋に響く。

「アリス…」

唇を離し、霊夢が私の名前を呼ぶ。

霊夢の唇には、私の唇につながる、光る細い糸。

彼女の細い指が、私の指に絡まる。

「ずっと一緒よ。何があっても一緒。どんなものからだってアリスを守ってあげる。愛してるわ、アリス……」

その言葉に、私の心は熱くなって、安心した私は意識が薄れる感覚に襲われた。

抵抗することなく、私はその感覚に身を委ねる。

私は霊夢の優しさと温もりに包まれて、再び眠りの中へと引きずり込まれていった。

            ◆◆

夢を見た。

魔理沙の夢。

思い出すのは、最後に会ったあの時。

いつもみたいに元気で、死ぬなんて思えなくて。

けれど。

魔理沙は死んだ。

殺された。

何故。

誰が、とは気にならなかった。

不思議とそのことに興味が湧かない。

どうして死んでしまったのだろう。

思い出は、私が見たあの光景に切り替わった。

酷く壊された魔理沙の亡骸。

辺り一面の血の後。

鼻を突く血の臭い。

怖い。

やはり、恐怖を感じる。

そして、悲しい。

彼女を失って、私の心は暗く沈んだ。

けれど、さっきよりも怖さを感じないのは何故だろう?

悲しみも、少ない。

……答えは解っている。

霊夢だ。

私には霊夢が居てくれる。

大事な大事な、たった一人の友達。

たった一人の愛する人。

だから大丈夫。

私には霊夢が居てくれる。

そう、霊夢さえ居てくれれば、他の人なんて。

霊夢の温もりを思い出す。

誰よりも私のことを大切にしてくれる人。

誰よりも私のことを愛してくれる人。

……それを自覚した時。

霊夢以外の存在が、どうでもいいことだと解った。

そうだ、霊夢さえ居てくれれば何にもいらない。

誰も要らない。

欲しくない。

そうか、そうなんだ。

ようやく気付いた。

私には彼女が、霊夢が居てくれればそれでいいんだ。

魔理沙の顔が思い浮かぶ。

彼女の死について、どうして下手人に興味が湧かないのか、その理由も解った。

確かに悲しいけれど、「仇を討つ」とか、そんな気持ちを抱くような存在じゃなかったんだ。

けれども、彼女の死が悲しいのは、彼女に「友達」を期待したから。

きっとそうだ。

何て贅沢。

何て馬鹿なこと。

私には霊夢が居ればそれでいいのに。

そこでふと気が付いた。

こんな悲しい思いはもうしたくない。

じゃあどうすればいいんだろう?

これも、簡単だった。

霊夢だけ見ていればいいんだ。

霊夢はすっと一緒に居てくれるって約束してくれた。

彼女が私のすべてだ。

そう。

私のすべては霊夢だけのもので、霊夢のすべては私だけのものでいい。

そうだ、そうなんだ……。

私には霊夢さえ居てくれれば、霊夢だけ居ればそれでいいんだ。




陽は落ちかけ、もうすぐ夜が来る。

重い瞼を無理に押し上げて、私は目を覚ます。

寝付いたアリスについていたら、いつの間にか自分も寝てしまったらしい。

「あいたた…」

椅子に座ったままだったので、腰が痛む。

立ち上がり、伸びをして固まった体をほぐしていく。

伸びをしながらベッドを見てみると、アリスは良く眠っていた。

その寝顔は穏やかで、ここに運んで来た時の、うなされていた寝顔が嘘のようだった。

「可愛い寝顔……」

私はアリスの傍に寄ると、ベッドの前で膝をついて彼女の顔を覗き込んだ。

良く眠っている。

規則正しい、小さな寝息を立てて、私の可愛い恋人さんはその無防備な寝姿を私に晒している。

「アリス」

起こそうと思ったわけでなく、ただ勝手に口が開いて彼女の名前を呼んだ。

寝ている彼女の頭を優しく撫でる。

大好きなアリス。

愛しいアリス。

私だけのアリス。

愛しい気持ちを込めて、何度も、優しく。

どれくらいの間、そうしていただろうか。

アリスが目を覚ます気配がしたので、私は慌てて手を引っ込めた。

「ん……」

気だるげな声を上げ、アリスがゆっくりと瞼を開ける。

「あ……れいむ」

「ハロー、アリス。良く眠れたかしら」

ハローな時間ではないのだが、細かいことはどうでもいい。

「うー……」

目をこすり、寝起き特有の欠伸混じりの声を上げてアリスが起き上がる。

「れーむ、おはよ…ふぁぁ」

「おはようさん。その様子じゃ良く寝れたみたいね、よかったわ」

「ん、心配かけてごめんね…もう大丈夫よ」

微笑むアリスに、私も微笑み返した。

「私ね、夢を見たのよ」

アリスは寝巻き姿からいつもの服に着替えながら喋りはじめた。

目の前で下着姿や可愛らしい臍を見せられて、思わず湧き上がる情念を殺して私は聞きに徹する。

「まあ、内容はどうでもいいのだけれど」

「どうでもいいの?」

「うん。どうでもいいの。その夢を見たことで得られた結果が、大事で、それだけあればいいんだから」

そう口にする彼女の瞳は私を捉えて離さない。

頬は赤く、瞳は潤み、声が熱っぽくなっていく。

「結果、ね。それで……貴女はそれでどうしたいのかしら」

私の心は彼女に夢中になった。

いや、もう彼女しか見えていない。

他の事なんてどうだっていい。

「私ね、解ったの……」

熱に犯されたような熱い視線で。

その瞳に燈る炎は恋慕と、欲情。

「霊夢だけ居てくれればそれでいいって。他の誰も、何もいらないって」

どちらかともなく歩み寄って、私達はお互いを強く抱き締めあった。

「霊夢……もう絶対に離さないからね。ずっとずっと一緒に居ましょ」

私は言葉の代わりに彼女の唇を奪った。

舌を突き入れ、貪欲に貪り、唾液を交換し、飲み干した。

「私こそ、アリスを絶対に離したりなんかしないわ……絶対に」

そう、絶対に離すものか。

誰にも渡さない。

世界には私とアリスだけが居ればいい。

他は必要ない。

邪魔をする奴は×××のように消してやる。

(あれ?)

×××って……誰だっけ。

どうでもいいか。

アリスじゃないのなんてどうでもいい。

「霊夢…愛してる……もう離さないからね、独りぼっちにしないでね」

「愛してるわアリス。離すわけが無いじゃない…ずっと、ずっと一緒よ」

そう、二人以外はどうだっていいのだ。

私とアリスは愛し合っていて、恋人で、友達で、大事な人で。

言葉で語ることなど無理だ。

お互いを想い合うこの心を表現出来る言葉を、残念ながら私達は持ち合わせていない。

けれど、表現する必要も無いと思う。

二人の心は二人だけが知っていればいいのだから。

いつまでも、ずっと。

何も私達を分かつ事など出来はしない。

させるものか。

折角着替えたのに、私は抑えきれずに彼女を押し倒した。

私は私の望むままに、アリスの望むままに。

「アリス……」

「大好きよ、霊夢」

二人だけの世界、時間。

もう何もいらない。

いつまでも一緒に居ようね。

永遠に。

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